離婚。

片親。

一緒に暮らせない。

やりたいことを我慢させている。

忙しくて一緒に過ごす時間がない。

やさしくしてあげられていない。etc.etc.



子供にしてあげられていないこと、

与えてあげられていない”もの”に目を向けたら、

たくさん思い浮かんでくる。



自分が子供の頃、どうしても欲しいのに無かったもの。

そのことで寂しかったり、悲しかったり、悔しさを経験した分、

自分の子供には絶対そんな思いはさせない。

そう思うのが親になった時の気持ちだ。



でも自分の両親の出来ていなかった所が目につく分、

自分自身のことも親として完全として見ることが出来ず、

心の奥の方ではずっと自信を持ちきれないでいる。



両親のようにはなるまいと、

自分の子供には同じような思いをさせまいと”力む”ほど、

気付くと、自分と同じ様な環境を与えてしまっている事に唖然とすることも。



親のようになるまいと頑張るのではなく、

両親のことを、許し受け入れる時だと聞くと、

自分の頑張って生きて来た人生をすべて否定される様に感じて抵抗してしまう。



子育てとは、今までの人生で、

目をそらして来たもの、きちんと受け取りきれずに来たもの、

それに向き合わされる。そんな時間でもあるのかも知れない。



* *



でももし・・・


自分が与えてもらえなかった”もの”

自分が与えられずにいる”もの”に目を向けるのではなく、



与えたいと言う”想い”の方に目を向けることが出来たら、

少しは力を抜くことが出来るのではないだろうか。



たぶん僕たちの両親も、

自分たちが欲しく欲しくて仕方なかった”もの”を僕たちに与えようと必死になっていたのだろう。

教育、自由、お下がりじゃないもの、欲しいものを買うお金、好きな事が出来る時間 etc.



それでも僕たちにはどうしても欲しかった”もの”が生まれた。

やすらぎ、家族の時間、笑い、楽しさ、自分の本当の気持ちに目を向けてもらうこと etc.



それで僕たちは、これさえあったなら・・・と思う”もの”を子供たちに与えようとしている。

そしておそらく、僕たちの子供も僕たちが与えられなった”もの”を与えようとするのだろう。



それを世代を超えての進化と言うことも出来るのかも知れない。

でも、僕には世代を超えての堂々巡りの様にしか見えない時がある。



どの世代の”これさえあったならというもの”はすべて幸せには欠かせないものだと思う。

どれひとつとして『わがまま』だったっり、『贅沢品』では決してない。



ただ力むと僕たちの心はバランスを崩してしまう。

”絶対”にこれだけはと力む時、僕たちの心の中には怒りや恨みが混ざってしまうから。



* *



きっと、誰かひとりが気付けばいいのだと思う。

どの世代にもずっとそこにあったのは? 

”もの”ではなかったのだと。


そのことに気付けたら、

少し力が抜けてくいる。


与えるものは”どれ”でもいいのだと思えてくるだろう。



子供が必要としているのは、あなたが与えようとしている”もの”ではなく、

本当は、あなたと言う存在なのだから。





よしはらなおと【プロフィール】 
吉 原 直 人 
1967年12月6日生まれ。いて座。A型。
自分自身が抱えた離婚問題をきっかけに心理学、カウンセリングの世界へ入っていく。
子供の頃の生い立ちや自分の心とじっくりと向き合い癒しを経験する。
その後カウンセラーとして、夫婦関係をはじめ、子育て、恋愛、様々な問題をサポート。
優しいく包み込む様に行われるカウンセリングは、心を癒し自然にその人本来の姿に戻していく。

● 吉原の詳しいプロフィールはこちら>>

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