「別れてもいいねんで」
言葉って不思議です。
前後の会話や脈絡、また「音」から「言葉」だけを切り離して書くと、
いろいろな意味を想像する事が出来ます。
今この文章を書いている僕でさえ、
この「題」だけを読むと、
これから書きたい意味とは別な、いろんな場面が頭に浮かんで来ます。
例えば、
自分が、愛想を尽かした相手に言い放った言葉。
逆に、
堪忍袋の緒を切らした相手から、少し脅迫されている様な場面。
また、
大阪の歌の歌詞に出てくる様な、
夢を追い続ける男の背中を押す愛の言葉。いいですね(笑)
ほかにもたくさんその場面は想像出来ます。
でも僕が今日提案したいのは、
相手に伝える言葉ではなく、
自分に言ってあげる「別れてもいいねんで」です。
ちょっと関西風の表現でしっくり来なければ、
「別れてもいいのよ」だったり「別れることもOK」と言う風に、
自分に受け入れやすい言葉に置き換えて下さい。
* *
そもそも僕たちが悩み苦しんでいる時って、
自分に選択肢が与えられていない状態が多いのです。
別れたいと言い出した夫、
でも子供も小さいし、今どうしても家庭を壊す事は出来ない。
自分の事ばかりで、まったく家庭や私を顧みない旦那…
どれでけ寂しい思いをしても、離婚だけはありえない。
ほかにも、経済的な問題、相手の言動、浮気などで、
傷ついたり、寂しかったり、悔しかったり、
毎日不安でいっぱいだったり、夜眠る事も出来なかったり。
それでも頑張っている時と言うのは、
相手やその状況を、無理やり自分に受け入れさせているのです。
別れたくないと言う気持ちも含めて、
別れられない理由を探せばたくさん見つけられます。
今も辛いけれど、独りになる事も不安。
これだけ離婚が増えても、自分が離婚する事は許せない。
子供の事を考えると…
どんな理由であったとしても、
別れる事が出来ないと考えている時には、
自分に”それ”しか選択肢を与えていません。
するとどれだけ辛くとも”受け入れるしかない”状態なのです。
それは心にとって本当に苦しい事でしょう。
自分自身に対する虐待と言っても過言ではないかも知れない。
そんな時、
出来る、出来ない、したい、したくない、
すべての事を横に置いておいて、
言ってあげて欲しいのです。
自分に。
「別れてもいいねんで」と。
* *
誰かを愛する事、
誰かと一緒に居る事、
誰かと共に何かをする事、
それはすべて僕たちの選択なのです。
選択であるならば、
その人を愛さない事、
その人と一緒に居ない事、
その人と共に何もしない事、
その選択肢があって成り立っています。
まずはあなた自身が、自分にもしくは自分の”こころ”に、
『一緒に居る事』
『一緒に居ない事』
そのふたつの選択肢を与えてあげて下さい。
『別れる』と言う選択肢を自分に与えた時、
別れる事がそれほど難しくない事に気付けるかも知れない。
絶対に許されない事ではない事に気付けるかも知れない。
そして実際に別々の人生を歩む事で、
本当に自分がやりたたかった事を手にして、
輝いて行かれる方もたくさんいるのです。
また心に両方の選択肢を与えたうえで、
今、現実的にどうしても別れられない状況だったり、
別れたくないのだったら、
どうしたら一緒に居られるかに取り組めば良いのです。
傷いた原因は相手にありますが、
傷ついてしまう要因は私の心の中にもあります。
今の関係性を創り出してしまった心の仕組みに、
目を向ける事も出来るでしょう。
今までの生活やパートナーを手放し、
新しい人生に踏み出す事はすごく勇気のいる前向きな選択です。
また、今日もう一緒に居ないことを選ぶ事が出来る相手と、
もう一度一緒に居ようとする事も素晴らしい愛の選択です。
どちらの道を選んだとして、
成功する事も幸せになる事も出来るのです。
だから心がいっぱいになった時、
まずあなた自身が自分に、
その両方どちらを選んでもいい事を許してあげてください。
あなたはあなたが思っているよりももっと自由です。
そして自由なあなたが何かを選ぶからこそ、
そこに愛があるのです。
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【プロフィール】
吉 原 直 人
1967年12月6日生まれ。いて座。A型。
自分自身が抱えた離婚問題をきっかけに心理学、カウンセリングの世界へ入っていく。
子供の頃の生い立ちや自分の心とじっくりと向き合い癒しを経験する。
その後カウンセラーとして、夫婦関係をはじめ、子育て、恋愛、様々な問題をサポート。
優しいく包み込む様に行われるカウンセリングは、心を癒し自然にその人本来の姿に戻していく。