ご夫婦の性に対する悩みには、
「相手が拒んで、まったくSEXが無いのです」という悩みやまた反対に、
「相手がそればかり求めて来て、もう耐えられない」という悩みもあります。
もちろんすべての問題において、
相手が自分の望む様に変わってくれれば解決するわけですが、中々そうもうまく行きません。
今回は、相手に問題がある様に見えていたとしても、
一度自分の心の中の仕組みについて、確かめて見ようという課題です。
拒む側も拒まれる側も、少し自分の性に対する感覚に目を向けて見て下さいね。
まず、少しイメージしてもらい易い様に、こんな話をして見ます。
僕の母はとても躾に厳しい女性でした。
小さい頃から、色んな事で叱られて来ましたが、
食べる事に対しても様々な躾がありました。
「音をたてて物を食べたらダメ」
「他の人のお家で、決してお菓子をおねだりしてはだめよ」
「あれが欲しいこれが欲しいって言うのは恥ずかしい事よ」
まあ、今になって考えれば、
良い子に見られる様に色々教えてくれていたわけですが、
子供の頃はそのまま受け止めてしまいます。
そんな感覚を持ったまま思春期を迎えた僕は、
部活などで、皆んなで食事をする事がとても苦手になっていました。
人前で食べる事に、強く「恥ずかしさ」を感じる様になっていたのです。
僕と同世代の女性には、少し、この感覚は理解してもらえるかと思うのですが、
食べる事に対する「恥ずかしさ」「はしたない」「お行儀」などなど、
僕は、男性にしてはこの感覚が強いのかな?と思います。
今でもたくさんの人と食事をする時、少し緊張したり、
遠慮の気持ちが出て来たりします。
誰も僕の行儀を観察している人なんていないのに、
妙に、お行儀よくしなくちゃ。なんて考えたりしてしまいます。
文化や躾、また自分の感性などから来る感覚ですよね。
この様に食べるという生命を培う欲求に対しても、人それぞれ感覚があります。
では、性欲に対してはどうでしょう?
食欲と言う皆が公然と認めている欲求に対しても、人によって口にしにく感覚がある中で、性やSEXに対する欲求を認めたり口にする事は、もっともっと抑圧が強いと思いませんか?
なぜなら、女性も男性も性に対して「恥ずかしさ」や「罪悪感」を持っているのです。
罪悪感??って思っている方、少し想像して見て下さいね。
愛している人と今から激しく愛し合おうとしている時、その部屋にお父さんやお母さんの大きな写真が飾ってあったらどうですか?
絶っっ対、嫌ですよね(笑)
また、神様が見ているなんて想像しても・・・ だめです。
僕達は自分の性について、心のどこかで、悪い事であったり、申し訳ない事であったり、恥ずかしい事だと感じています。
それは、人として生まれた時からある感覚であったり、また、成長する過程での経験から来る感覚であったりします。
そしてその感覚は誰もが持っていて、決して間違っているわけでもありません。
問題は、その感覚の強さだと思います。
僕達男性は思春期の頃、母親に見られてくない物を、なぜか机の引き出しの裏やベッドの下に隠します。
そして運悪くそれが母親に見つかった時、
ケース1.既に三人の男の子を育てた様な肝っ玉母さんに、
「あんたもあんな本ばっかり見てたらアホになんで~」と嗜められるのか。
ケース2.「あなた・・なんて汚らわしい物をこの家に持ち込んだの!
あなたはいつからそんな不潔な人間になったの・・・」と泣かれるのか。
とでは、罪悪感の強さが変わると思いませんか?
映画のシーンで・・・
すごく性欲旺盛な女性が、男性とものすごく激しいSEXを楽しんでいます。
それを見ていてあなたはどう感じるでしょう?
「あ~ いいなあ 私もあんな激しいSEXして見たい」と感じるのか、
「はしたない女性ね」と怒りを感じて目を背けるのか、
その行動ひとつとっても、心の中にある感覚や感じているものが違っています。
僕達は皆、「性」に対して色んな感覚を持っています。
「恥ずかしさ」「罪悪感」「嫌悪感」「劣等感」などなど色々あると思います・・
あなたは「性」や「自分の性欲」に対して、どんな感覚を持っているでしょう?
あなたどんな感覚が強いのかを確かめて見て下さい。
そして自分がどう感じているのかを客観的に認識して見て下さい。
今はただ自分の感覚を知るだけでOKです。