僕は”今自分に必要な言葉”に必ず誰かが何かが導いてくれる。と信じている。
先日、ふと夜中に目が覚めて、ひとり居間に降りて何気なくテレビを付けた。
ちょうど『”奇跡の庭”ベス・シャトー”』という番組が放映されていた。
ガーデナー(造園家)としてとても有名な女性で、
イギリスの荒れ地に一切水やりをせずに植物が持つ力だけで美しい花を咲かせる『奇跡の庭』を創ったという話だった。
水をやらなくても植物が育つってすごいなぁ~と、半分、居眠ったままの頭でぼぉっと番組を眺めていた。
もう随分前の作品らしく再放送で彼女は既に他界されている。その当時も85歳ぐらいだったと思う。
番組の後半に彼女にインタビューをするシーンがあった。もちろん庭についての質問だったのだが、
あなたは”ガーデン(庭)”に何を描きたいのですか?と言う質問に対して、
彼女は、
「言葉に出来るかしら・・・」
「少し考えさせて・・・」と優しく答えて沈黙した。
しばらく遠い目で考え、すごく誠実な表情で
「言葉が見つからない・・・」
「説明できないわ・・・」
と。
「例えば天国のような風景?」と言うインタビュアーに、彼女の言葉ははっきりと、
「天国は私たちの人生の中にあるわ」と言った。
その言葉で半分寝ていた僕の脳もびっくりして目を覚ました。そして彼女は、
「地獄もここにあるわ」と言った。
それからまた優しい口調で、植物と私たちとの関係の話に戻っていったと思うのだが僕はあまり内容を覚えていない。
番組が終わっても「天国はこの人生の中にある」という言葉が目を覚ました脳から出て行かない。
そうそれはきっと庭の話ではなかったのだと思う。
何が、僕にそれほど衝撃的だったのかと言うと、
こんな仕事をしていながらすごく恥ずかしく思ったのだけれど、
それまで僕は天国と言うものはあの世にあるものだと思っていた。
神さまが、いつの日か「よ~く我慢したな、よく耐えたな、よく頑張ったな・・・もういいよ、大丈夫だよ」と言って連れて行ってくれる場所。
それが天国だと、そして天国とは遠い世界にあるものだと感じていた。
もちろん地獄はこの人生の中にある事は知っていた。
そしてそれから色々考えた。
僕はこの人生が終わると『意識』の世界に戻るとも思っている。
その世界は身体と言う舟がないので、
『意識』が思った”瞬間”に行きたい所に居て、
『意識』が考えた”瞬間”にそれが実現している。
今よりもっともっと自由自在な世界…
でももしかすると、この世とあの世では身体があるかないかの違いだけしかないのかも知れない。
『この人生の中に天国はある』という言葉の真実は、
この世に居ても、あの世に行っても、天国と地獄は僕たちの意識の中に、心の中にしか存在し得ないものだと言う事なのかも知れない。
そして、花を見る、香りを感じる、風の音を聞く、土を触る、愛する人に触れる・・・
身体を通して体感する、見る、感じる、聞く、触る、経験する。それはこの世でしか出来ないこと?
何?かに起こされて導かれた言葉。
『この人生の中に天国はあるわ』
その言葉を知って僕の人生が劇的に変わった様には見えない。
ただあの夜以来、僕は、
花の美しさに、やさしい草木の香りに、そっと僕のことを想ってくれる行為に、この世でしか体験できない事々に、
天国を見つけようとするようになった。
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【プロフィール】
吉 原 直 人 心理カウンセラー
1967年12月6日生まれ。いて座。A型。
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