「 人は何かを失った時、本当の”有難さ”を知る 」

僕はこの言葉を長い間、

僕たちが当たり前の様に与えられているものに感謝する様に、

そしてそれほど僕たちが感謝を忘れがちになって暮らしている事への、

戒めの言葉だと思っていた。



お金、仕事、信用、友達、家族、パートナーからの愛 など

実際に、色々なものを失う度に、

苦しみ、悩み、感謝をして来なかった自分を戒め、

また感謝の心を取り戻し、

そしてまた忘れ、大切なものを失い、

悲しみ、もがき苦しみ、

そんなことを何度も何度も繰り返して来た。



でも僕は今、この言葉が、

感謝の心を取り戻すための戒めの意味だけではない様な気がしている。



もし、神さまが僕たちに感謝すること学ばせるために、

何かを奪い取っている様に感じるのであれば、

そんなのは人間が想像した神さまであって、本当の神さまではありえない。



何かを失った時。

自由が無い時。

平和を失った時。

愛する人がいなくなった時。



僕たちが心の底から願っているものを、

目が焼きつかんばかりに僕たちの目に見せつけてくれる。



僕たちは、今までに耳にした「 平和の唄 」が、

決して平和だった世界で生まれたもので無い事も知っている。

そしてその唄が、何十年も後に生まれた僕たちの心を癒し続けている。

その事の方が、本当の神の意思の様に思える。



人生には色んな瞬間がある。



もし今、平和でない世界で暮らしているならば、

大きな大きな声で平和の素晴らしさを歌う事が出来るだろう。

もし今、自由がない世界に住んでいるならば、

誰にも絶対に制限されない、心の中の夢を綴る事が出来る。

もし今、愛する人を失ったのならば、

誰かとともに生きる事。

誰かとともに過ごす事がどれほど豊かな世界なのかを語る事も出来る。

そしてもし今、笑いが無くなった世界にいるならば、

誰かを微笑ましてあげる事も出来る。

笑いほど人を癒し、そして神さまを喜ばすものはないのだから。

そしてあなたが見つめるその世界は、

あなたの一番深いところにある”魂の願い”であるのだから、

あなたがその世界をずっと忘れないで居る限り、

その世界に、必ずたどり着く。



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